ブッダパーク [ラオス]
ハイ。今回をもってして、ラオス編終了でございます。
来週から、また、インド編に戻ります。
さて、そういうわけでラオス編のトリを飾るのは、「ブッダパーク」という公園です。
ビエンチャンから約40分。国境にかかる橋の近くにそれはあります。
さほどメジャーな観光地ではないのですが、インパクトの強さだけは私が保証します。
どれくらい凄いかは、見れば分かります。
まず、入場料を払ってすぐのご挨拶。

いらっしゃいませー
びびってたじろぎながら、あたりを見回すと雑然と仏像が並んでいます。

整列という考えがどこにもない。
一番大きな寝仏像がメインの仏像のようですが、横から見ると

薄い。
その他の物も一個一個見てみましょう。

まさに、ガンジャでラリってる人の作品です。
「やめろー!俺を凝視するのはやめろー!」

「キャメルクラッチー!」
「効いてないよー!べーだ。」

「Youが悪いんだ。Youが!」
「そんなことはない。Youが悪いんだ!」

なぜか、現代人もいます。。
バカな物がいい加減に放置されている。くだらなくて、ユルい空間です。
もりぞおさんは、こういう空間が大好きで、脳みそにどんどんバカパワーが注入されていくのがよく分かります。
が、このときはそうではなかった!
暑いのだ!とにかく、死ぬほど、無茶苦茶暑いのだ!!
どれくらい暑かったかというと、
恐竜が血反吐を吐くほど。
げえええええ。
と、いうわけで、ラオス編、おしまい!
ラオスの乗り物 [ラオス]
国境を越える橋 でお伝えしたように、ラオスに電車はありません。
そこで、主な交通機関は車ということになります。
町中を歩いていると、トゥクトゥクや原チャリの多さが目につきます。

実際、街で「四輪」のタクシーには一度もお目にかかれず、年中「三輪」のトゥクトゥクに乗ってました。
ちなみに、耕耘機も「乗用車」です。
「小型特殊」の「二種」免許なんてあるのかしらん?「牽引」も必要そうだ。。
ただし、もちろん長距離の移動は大型のバスがでています。ちなみに、日本からのお下がりが多く、日本語の表示がそのまま残ってたりしてステキです。
ビエンチャンからバンビエンに行く3時間の道のりも、大型バスでした。
クーラーなんてもちろん入っておらず、暑いけど、窓を全開にしておくとそれはそれで快適でした。
しかし、帰り。
「定期バスは1:30まであるけど、それ以降は乗り合いバスが走ってるよ」
といわれて、やってきた乗り合いバス。

これっすか。。。
荷台に乗るのは、風がびゅんびゅん吹いてきて、景色がきれいなのでとても楽しいのですが、それも20分まで。。
さすがに、3時間の道のりを、しかも時速100キロオーバーで。。。
と、思ってたら、外人の6人パーティーが後ろからやってきました。
どうやら彼らは、この乗り合いバスをチャーターして、途中のバス停をすべてすっ飛ばしてビエンチャンに帰るように交渉しているようです。
私にも声をかけてきました。
「普通に乗ると3ドルらしいが、一人5ドル出せばチャーターできるって。一緒にチャーターしない?」
「OK,OK。ところで、私はそこの助手席に乗りたいんだけど、いい?」
「OK。サンキュー」
まんまと、荷台ではなく助手席に乗ることに成功しました。
これで、後は寝てるだけで帰れるってもんです。
車は、夕暮れの田舎道を飛ばして、ガンガン突き進みます。
二人の子供を抱えた母親が、手を挙げてバスを止めようとしても、全くスピードを緩めずにぶっ飛ばします。これが資本主義です。
クーラーなんてもちろん入ってないので、窓全開。
時たま、運転手が窓を閉めるように指示を出します。
道が舗装されていないところが多いので所々で砂が舞い上がって大変なことになっているのです。
また、場所によっては、堆肥による悪臭が立ちこめます。
「後ろの外人、悲惨だな。。。」
と、思ってたら、雨が降ってきました。それも、熱帯性のスコール。前も見えないくらいの土砂降りの雨です。
後ろは、屋根はある物の、基本的にただの檻。斜めに飛び込んでくる雨は、イラク国民の怒りのように、容赦なくアメリカ人バックパッカーを痛めつけていることでしょう。
そんなこととはお構いなしに、もりぞおさんは、鼻歌交じりにドライブ。
やがて、雨も上がり、虹が見えてきました。
みえるかな?
ビエンチャンに着いて、後ろの白人たちを見てみると、雨で濡れた後に、埃をかぶって、油に漬ける前の天ぷらのようになっていました。ご苦労様。
と、いうわけで、本日の教訓は、
「長時間移動は、ちゃんと屋根と窓がある車に乗りましょう」
です。
ちなみに、その後乗り換えた、トゥクトゥクの運転席。
シンプル。
っていうか、計器がなんもないじゃん!
スピード違反とかないのか、この国は?
ラオス観光名所 [ラオス]
さて、今回は、ラオスの首都、ビエンチャンのガイドブックに載っているような観光名所を、ラオスの歴史に当てはめながらご紹介します。
前にも書きましたが、ラオスは経済的に超弱小国家で、経済的にタイに依存しまくっています。現在はタイの一つの県くらいのイメージです。
当然、タイの影響を受けまくってます。
そして、これが、ラオスのシンボルといわれている「タルーアン」です。

キンピカ!!!まさに、タイ的。
真夏の太陽が照り返してきて無茶苦茶まぶしいです。
しかし、外貨準備金が大変なことになってるのに、こんなところに金をはりつけちゃっていいのかよ。。と思ったら、

ペンキでした。
さて、その昔、ラオスはフランスの植民地でした。おかげで、フランスパンが旨い。
雰囲気もどことなくベトナムに似てます。
で、フランスの象徴、凱旋門がココにも!

本物を見たことありませんが、本物の200倍くらいしょぼいことは私にも分かります。
お台場の自由の女神みたいなもんです。
ってことは、ラオス=フジテレビ。
たしかに、ホリエモンならラオスぐらい買収できるよな。したくないと思うけど。
ちなみに、傾いているのは私の体勢が原因で、本物はまっすぐ立っています。
さて、フランスの植民地からめでたく独立した後は、幾度にもわたる内戦を経て、社会主義国家になりました。この影響は、凱旋門のなかのおみやげ屋さんで見つけました。

旧ソ連Tシャツ!これは、レアだ。
ちなみに、★のTシャツは、ペコ(窪塚)ではなく、ベトナムTシャツです。
そして、
北朝鮮ステッカーの上にペプシのステッカーを置いてあるのは、これから起こるなにかを暗示しているのでしょうか?
全然関係ありませんが、私は、ペコ(窪塚)モデルの★ポロシャツも、ホーチミンモデルのベトナム★Tシャツも持っています。 I can fly!
ラオスの子供(ガキ) [ラオス]
ガキは犬と一緒で、いやがる人のところに群がる。
これは、全世界共通らしい。
ラオスの首都、ビエンチャンからバスで3時間。山間の、バンビエンという小さな街にやってきました。
ここには、山と川と洞窟以外何もないので、とりあえず、タイヤで川を流れることにしました。
ぷかーん。
しばらくぷかぷかしていると、遠くでガキどものわめく声が聞こえてきます。
どうやら近所のガキが川で遊んでいるようです。
川にせり出した崖が、ジャンプ台になってて、水に飛び込んであそべます。
ご丁寧に、ロープまで吊ってあって、かなり無茶なジャンプができます。
一緒に浮かんでいた外人(昔、吉祥寺で英会話教室の先生をやってたとかで、日本語がしゃべれる)が、
「チョット、ヤッテイキマショウヨ!」
と、いうので、言ってみました。
近づいていくと、ガキどもの中で一番元気の良さそうな男の子がおそるおそる近づいてきます。
インドのガキと違って、日本語も英語もしゃべれないので、身振り手振りでちょっかいを出してきます。うっとおしいのですが、大人なので、適当に相手をしてあげると、だんだん調子に乗ってきます。
遠巻きに見ていたガキどもも、危険がないと察したのか近づいてきます。
そして、大騒ぎ。

この引きつった顔が、もりぞおさんの子供嫌いのすべてを物語っています。
しかし、こいつら、インドのガキと比べると、純粋に好奇心で寄ってきて、思い思いに遊んでいます。
ワンショットで各自をデジカメで撮って、見せてあげると、きゃいきゃい喜びます。
水中眼鏡を貸してあげると、順番に水に潜って石とか拾ってきます。
んー、やっぱ、ラオスはすれてないねえ。。と、インドの地獄絵図を思い出して、ちょっと幸せな気分になってきました。
もりぞおさんは、基本的に、発展途上国の外人には優しいので、今回は、一番最初に近寄ってきたガキに、水中眼鏡をプレゼントしました。

ティップネス池袋店で1980円で購入された水中眼鏡も、まさか4ヶ月後にラオスくんだりでガキどものおもちゃにされて過ごすとは思ってなかったでしょう。
幸せといえば、幸せそうな余生です。
ちなみに、ここまで1時間くらい流れたのですが、その後、ゴールまで3時間くらいかかりました。
真夏の太陽にさらされ、肌は焼けまくり。
浅瀬では、川底にケツをしこたまぶつけ、大打撲。(2週間たったいまだに完治していない)
途中で川の流れが途絶え、手でこぐ羽目になり、両腕筋肉痛。
心の暖かみと引き替えに、多大な肉体的被害を被ったバンビエンでした。
ちなみに、街角にあったピザ屋さん。
カタカナで書いてある看板は初めて見たよ。。
メコンデルタは伊達じゃない。
国境に架かる橋 リベンジ [ラオス]
拍子抜けするほどあっけなく超えてしまった橋。
その姿を写真に納めることはもちろん、記憶にとどめることすら出来なかったことが心残り仕方がありません。
そして、ラオスからタイへ帰る日。
飛行機が取れなかったため、再び橋を渡ってから夜行列車に乗ることにしました。
「タイ側のイミグレーションから橋までは車で1分以内。ってことは、ふつうに歩いていけるはず。
行ってもいいのかどうかはしらんけど、橋までだったらイミグレーションを強行突破するわけではないので、いきなり銃殺されたりはしないだろう」
という予想をもとに、徒歩で橋を見に行くことにしました。
行きと同じく、何の感慨もなくバスで橋を渡った後、客が全員窓口に向かうのを尻目に、徒歩でバスが来た道を引き返してみるもりぞおさん。
タイ、ラオスはおそらく40度以上の高温。湿度、極めて高し。照りつける南国の太陽。双肩にかかる10kg以上のバックパック。
「バターン死の行軍」といった言葉が頭をよぎります。
車で1分以内とはいっても、実は歩くと結構距離があるものです。
頭の80%が後悔の念に塗りつぶされたとき、
「ワンワンワン!!!」
どう猛な軍用犬2匹に思いっきりほえられます。
橋は犬に守られているのか。。。
インドでの狂犬に襲われた経験を思い出し、ブルーになっていると、後ろの係員がやってきて、
「stop stop!」と言って、犬どもを沈めてくれます。ありがとう。
「橋見に行きたいんだけど」
「いーよー」
どうやら、歩いて橋を見に行くのは合法のようです。
さらに歩くこと数分。ペットボトルが空になるころ、
橋ダー!!!
メコン川に橋が架かっています。
橋の下を覗いてみると、タイのガキどもが水遊びしています。
のどか。
ちなみに、この橋の真ん中は、電車が走れるようにレールが敷いてあります。
このように、橋の近くからノーンカーイからの線路が引き込んであり、橋のラオス側の袂まで伸びています。

ただし、ラオスはただでさえ貧乏なのに、ラオス国内の街と街をつなぐ道路す
らきちんと舗装されていない有様なので、鉄道を引く金なんかどこにもなく、ほっ
ぽらかしになっています。
貧乏はつらいなー、と思いながら橋を渡っていると、途中で行き止まり。
さすがに、ここを超えるとスナイパーに狙い撃ちされそうだったので、引き返すことにしました。
橋の向こうに見えるのは、ラオスの国旗。
犬と暑さと重さという困難を乗り越え、たどり着いた橋に満足している自分に、村上龍のようなマゾヒスト的感覚があるのではないかと、ちょっと自分が心配になったのですが、帰り、同じ道を歩くのが嫌で、やってきたバスを無理矢理止めて乗せてもらった自分は、ただの図々しいなまけものであるということを再認識し、大きな安らぎを覚えた夏の日でした。
しかし、この国境。ちょっと泳ぎが上手い奴なら、青梅マラソンより楽に突破できるぞ。
国境に架かる橋 [ラオス]
ラオスに最初に行こうと思ったのは3年前。そのときは、日程的に無理だったので中止。
2度目は去年。パスポートを盗まれ、中止。
今回は、構想三年、三度目の正直の挑戦でした。
なんで、ラオスに行こうと思ったかというと、陸路での国境越えというものを体験したかったから。
もりぞおさんは、チュニジア→イタリア、韓国→日本、クロアチア→イタリアなど、船で国境越えをした経験はなんどかあるのですが、ヨーロッパでのパスポートもいらない列車での国境越え以外、陸路で超えたことはなかったので、是非一度体験してみたかったのです。
「国境の町」の雰囲気も味わってみたかったし。
で、タイ-ラオス国境。
ここには、「Friendship Bridge」という名前の橋がかかっています。
バンコクから夜行列車に揺られること12時間。
ノーンカーイという街のそばにこの橋はあります。
朝の9時頃ノーンカーイ駅に着いて、早速トゥクトゥクで橋を目指します。
田舎町をトゥクトゥクで、風を切って走るのはとても気持ちがいいです。天気もいいし!
「着いたよー」と言われてやってきたのは、巨大なイミグレーション。

でか。
「金網と壁の前に立つ小さな掘っ立て小屋」なんて絵を勝手に想像した私からしてみると、ちょっと衝撃的。
ここで、まずはビザを取ります。
窓口に、パスポートと写真とその場で書いた書類と$30を渡して待つこと10分。

とれたー!
簡単すぎる。。。
インドで電車の切符を取るよりも簡単だ。。。
ちゅか、ここ元共産国だろ。。ワイロとかいらないのかよ。。よく見たら違う人のパスポートだったとか、1時間音沙汰ないから中のぞいたら昼寝してたとか、そういう香ばしい展開は。。。
あまりにも簡単すぎて拍子抜けしているうちに、前に進んでパスポート見せて、バスに乗って。。。
あ、橋だ。。。
と思ったのは橋の真ん中を過ぎたところ。
隣の人と話をしてたら、危なく橋を渡ったことさえ気づかないところだった。。
そして、写真を取る暇もなく橋を通過。
バスを降りて、パスポート見せて、国境越え終了。
んー。。。。何の感慨もない。。構想3年。3度目の正直なのに。。。
インドで強い刺激に慣れすぎたからか、あまりのあっけなさに軽い落胆さえ覚えています。。困った身体になってしまった。
やるせなさを抱えたまま、ラオスの首都、ビエンチャンへのトゥクトゥクの交渉を始めるもりぞおさんでしたが、この数日後、橋へのリベンジを遂げるのでした。
とりあえず、遠くから見た橋の写真置いておきますね。

(続く)
ラオスって何? [ラオス]
ラオスから帰ってきました。
ヨーロッパとかアメリカから帰ってくると、帰りの電車の車窓から金町あたりの町並みを見て、「東京は家が小さいですねえ」などと思うのですが、今回は、錦糸町あたりの町並みを見ながら、「東京には建物がたくさんありますねえ」と思いました。
ラオスの首都、ビエンチャンは、小さいです。
中心部は徒歩30分くらいで回れます。
しかも、ビルが少なくて低いのでスカスカです。
他の国の都市に例えると、タイの東部の港町トラート、ベトナムの南部のカントー、チュニジアの海辺の街スース。。。わかりにくいですね。
日本で例えると、隠岐の島の一番大きな島。。やっぱりわかりにくい。。
まあ、村です。村。
そもそも、「ラオスに行く」といって、返ってくる質問は「どこ?」でした。
お答えします。ココです。

見ての通り、タイとカンボジアとベトナムとミャンマーと中国に囲まれています。
そして、(主にベトナムに)海岸をすべて取られている山国です。
海岸があると、魚が捕れます。リゾートが作れます。たくさんの国との貿易が出来ます。
海岸がないと、それが出来ません。
つまり、ラオスは植物で言うと、思いっきり日陰に生えてしまったことになります。
しかも、ちょっと前まで共産主義やってました。
よかれと思ってあげていた肥料が、思いっきり毒薬だったということです。
そんなこんなで、ラオスは森の木と、川をせき止めて作ったダムで水力発電した電気を売って細々と外貨を稼いでいます。
もちろん、とても貧乏です。
通貨のキープは下がりまくって、私が持っている地球の歩き方(2002年度版)では、$1=7500kipと書いてあるのですが、現在(2005年)は、 $1=10000kipです。
当然、インフレ起こりまくっており、ラオス国民は誰もキープを信頼しておらず、市場ではドルやバーツがふつうに使えます。
たとえば、15000kipを払うときに、$5札を出すと、$1札3枚と5000kip札1枚が返ってきます。
$1=10000kipというキリの良さもあって、キープはドルの補助単位(セントみたいなもの)のような感じで旅をしてました。
そんな経済ガタガタの貧乏な国なのですが、国民の80%が農業に従事し、親戚を伝えば誰もが農業関係者であるため、結構食いっぱぐれはないようです。
そう考えてみると、もっと経済的に余裕のあるニューデリーやバンコクや東京に山ほどいる、「道ぱたに落ちているおうちがない人」が、ラオスのビエンチャンにはほとんどいません。
そんな、貧乏だけど地に足がついている国、ラオスのお話をこれから何回か書いていきます。
ラオスへと [ラオス]
諸般の都合で、韓国ではなく、ラオスへ行くことになりました。
かわいそうなもりぞおさん で行き損ねた国ですので、ある意味リベンジです。
さて、ラオスといっても全然知らない人が多いでしょう。
人口480万人の森と山の国。
「なにがあるの?」と聞かれると、「何もない」と答えるのが適当なのではないかと思われるような国のようです。
どれくらい何もないかを、地球の歩き方を見て確認してみましょう。

明らかに厚さが違います。
インドが約620ページなのに対し、ラオスは約220ページ。
悲しいことに値段は一緒です。
しかも、中を見ると、ラオス編は明らかに書くことがなくて、苦し紛れに入れたページが散見されます。

右のページの存在意義が見えない。。。色鉛筆で描いた手書きの絵でカラー1Pって。。
で、私がラオスに何を求めるかというと、インドと逆の落ち着いた世界。
道を歩くたびにトラブルが起こり、トラブルに対処している間に次のトラブルが起こるという、ドリフのコントのようなインドの旅とは逆の、歩けど走れど何も起こらない。母なるメコンがのんびりと流れるそんな旅行です。
ちゅーわけで、インドネタも尽きていませんが、これからはラオスとインドを織り交ぜて適当に書いていくことになりそうです。
なお、GW中はラオスなので、おそらく更新はありません。今週の水曜は更新しますけどね。
おまけ
ブッダガヤの涙、発見!!!

がんばって、哀愁漂う写真に仕上げてみました。






